先週の金曜日から話題になっている北アイルランド・プロトコル。これについて私が勉強したことをまとめてみたいと思います。
ブレグジットで大きな問題となったのは、北アイルランドとアイルランド共和国の国境をどうするかという話です。本来であれば税関などを設けなければいけないところですが、EUもイギリスもアイルランドもこれまでどおりの自由通行を維持したかったわけです。税関などを設ければ日々の生活に支障が出ますし (国境を越えて通勤/通学している人はいっぱいいます)、経済的にも影響が出ますし (たとえば物品の輸送)、それからまたテロ活動が活発になる恐れもあります。
そこで採用されたのが北アイルランド・プロトコル。北アイルランドとアイルランド共和国の国境を自由通行のままにするために定められた取り決めです。この結果、北アイルランドはもちろん法的にはUKの領土なのですが、関税的には特別な扱いが適用される地域となりました。アイルランド島とブリテン島の間にデファクトの(事実上の)国境ができ、北アイルランドとアイルランドの国境はデジュリの (規則上の) 国境となったということもできます。
さて、アストラゼネカのワクチン供給に遅れが出たせいで、EU はワクチン確保に必死です。アストラゼネカはイギリスの会社なのですが、遅れが出ているのはベルギーの工場なのですね。そこで、ワクチンを確保するさまざまな手段の1つとして、北アイルランド・プロトコルの第16項を発効させようとしたのです。
この第16項というのは、緊急事態が発生したときには、イギリス側からでもEU側からでも、北アイルランド・プロトコルを一部停止できる (つまり、特定の物品の自由な行き来を差し止めることができる) という条項です。現在のところ、北アイルランドのワクチンはすべてイギリスから来ているので、さしあたってのワクチン供給には影響はありませんから、EU側も「念のため」ぐらいの意味で軽い気持ちで入れたのだと思います。
ところがですね、ダブリン、ベルファスト、ロンドンの政府にとっては、そんな軽い気持ちで触っていい条項じゃないわけです。国境の話はもの凄いセンシティブな問題であり、北アイルランド・プロトコルは粘り強い交渉と多くの妥協の上にようやく成立した取り決めであり、第16項はほんとにほんとにほんとにどうしようもなくなったときにしか使わない伝家の宝刀みたいに思っていたわけですよ。そこの部分をEUは理解していなかった。
イギリス、北アイルランド、アイルランドの共和国はすぐさまEUに連絡して翻意するよう促し、EUもことの重大さに気付いてその日のうちに第12項の発効の話は取りやめました。これが先週金曜日のこと。
今回のEUの振舞いはイギリスやアイルランドでは広く「失策」という風に報道されているわけですが、これはボリス・ジョンソン首相やブレグジット賛成派にとってはプラスに働いています。イギリスのワクチン接種計画は速やかに進行していて、しかもEUがもたもたしているものだから、その対比ですばらしく円滑に見える。EUのワクチン一括調達プログラムに不参加を決めたことで、英国政府は非難されていたのですが、それが一転して「参加しなくてよかったね」ということになっている。
ここしばらく、英国では労働党の支持率が保守党のそれを上回る傾向が続いていたのですが、先週末あたりから保守党が逆転。ワクチン接種がうまく進んでいることが原因と言われています。
それから、物騒な話ですが、北アイルランドのユニオニスト (プロテスタント系) はもともと北アイルランド・プロトコルに反対なわけです。このプロトコルによって北アイルランドと他のイギリス地域の間に事実上の国境のようなものができるわけですから。
それで、現在はベルファストとラーン (Larne、ベルファストの近くの港町) の港湾で関税のチェックが行われているわけですが、ユニオニスト側はこれは気に入らないわけです。今回の EU の第16 項発動の話に触発されたのか、関税で働く公務員の人たちをターゲットにして暴力行為を働こうとする動きがあって、安全のためにこうした公務員は出勤しなくていいという通達が先日の火曜日に出されていましたね。
北アイルランドの警察では、これは個人または小さなグループによるもので、過激な民兵組織によるものではないとしています。民兵組織も関与を否定しています。