たらのコーヒー屋さん - 2 店舗目

たらのコーヒー屋さんです。

内田樹

内田樹 (うちだたつる) さんは、神戸女学院大学の先生で、専門はフランス現代思想です。

 

年齢は60歳近いんだけど、ほんの10年ぐらい前までは、「フランス現代哲学の担い手の一人であるエマニュエル・レヴィナスの翻訳によって関心のある人々に、僅かに知られる ---- 知る人ぞ知る、というのでもない ----- 書き手だった」(加藤典洋『僕が批評家になったわけ』) そうですが、ここ数年は物凄い勢いで本を出しています。そして、「そのいずれもが、読むべき内容に富む、水準を保った、すぐれた著作」(加藤典洋、同) らしいです。

 

私が内田さんのことを知ったのは、2年前の今頃のことです。私は村上春樹の本が好きなので、内田さんの『村上春樹にご用心』っていう本を本屋でたまたま見かけて買ったのです。

 

読んでみたら、あーそういう見方もあったのかと目から鱗がいっぱい落ちまして、以後、機会があれば買い込んで読ませていただいてます。

 

内田さんの書物の特徴は、それがいったんはご自身のブログのために書かれた物だということです。したがって、本で読めるものは内田さんのブログで今でも無料で読めます。既存のメディア (新聞とか) だと制約が多いので (字数とか使っちゃいけない漢字とか)、好き勝手に書けるブログにとりあえず文字を書き綴ることにしたとのこと。それが1999年ぐらいのこと。

 

前出の書で評論家の加藤典洋さんは、「これほどの力量を持つ書き手が、50歳にいたるまで翻訳書のほかには数冊の共著を出すだけの仕事しか行わない、寡黙で怠惰な (?) 書き手だったのか」と問いかけます。

 

で、加藤さんは、その問いに答えて、電子エクリチュール (インターネットとかパソコン通信のことば) の成熟が内田さんの登場を可能にしたんだろうという。

 

インターネットの言葉は書き言葉なんだけど、話し言葉の要素も濃厚に持っている。「書き言葉 = 話し言葉」的な、新しいメディアを得て、内田さんがやっと重い腰をあげた、と。

 

加藤さんによれば、この「書き言葉 = 話し言葉」によって、内田さんは「難しい」「重い」と「やさしい」「軽い」の対立を消し、「公共的なこと」を語る批評と「私的なこと」を語る批評の境の壁を取り外すことに成功したそうです。

 

内田さんがどこかで書いてたけど、ブログって字数制限がないんで、いっくら回りくどく書いても誰にも怒られないんですね。

 

で、内田さんは、まわりくどく書くことによって、何を獲得したのか?

 

私は、それは、「辛口」とか「毒舌」とか「ご意見番」とかにカテゴライズされることなく異議申し立てを行うための言葉だと思うのです。

 

日本の美徳のひとつに「和をもって尊しとなす」というのがあります。これは聖徳太子の頃からそうなのでありまして、数多くのサブ美徳がこの精神に則って達成されているのは事実と思います。つまり、「おのれの思想と行動の一貫性よりも、場の親密性を優先させる態度、とりあえず『長いものに巻かれ』てみせ、その受動的なありようを恭順と親しみのメッセージとして差し出す態度」(内田樹『日本辺境論』) が日本人には求められているわけです。

 

したがって、意見の対立がありそうな論点について発言するとき、まあ世の中は複雑なんで、何かについて真剣に発言しようとしたら、対立する意見が出てくることは避けられないわけなんですけど、自分の発言に説得力を持たせようと思ったら、「和をもって尊しとなす」という日本の美徳をレスペクトする態度、場の親密性を優先させる態度、受動的なありようを恭順と親しみのメッセージとして差し出す態度に言葉を費やすことになるわけです。

 

この部分を怠ると、単に上から目線の人と敬遠されるか、「辛口」とか「毒舌」とか「ご意見番」とか、あーそういうことを言う立場の人ね、っていうことでそういうラベルの付いた引き出しに収められちゃって、ある意味、発言を無害化っていうか、無かったことにされちゃうわけです。

 

いやいや、そういうことじゃないんですよ、っていうことに延々語数を費やせるメディアを獲得したことによって、内田さんは雄弁に語ることに困難を感じなくなったんじゃないでしょうか。内田さんも私ごときにこんなことを推測されたくないとは思いますが。

 

なんか、新潮新書から出した内田さんの『日本辺境論』っていうのが凄く売れてるみたいです。よろこばしいことです。私の地元、香川県の宮脇書店の週間ベストセラー・トップ10では、細川ふみえ写真集と西村京太郎の『鎌倉江ノ電殺人事件』についで、堂々の3位にランクされました。ちなみに第4位は『バンド一本でやせる!巻くだけダイエット』(山本千尋著) でした。

 

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