たらのコーヒー屋さん - 2 店舗目

たらのコーヒー屋さんです。

握手の写真

今日のアイルランドのすべての新聞の一面を飾ったのがこの写真です。

 

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イギリスの新聞も、少なくともアイルランドで買える版については、ほとんどがこの写真を一面に採用していました。

 

名目上とはいえイギリス軍の最高指揮官であるエリザベス女王と、かつて英国メディアに「イギリスで最も危険な男」と呼ばれ、IRA の実質上のリーダーだったとみんな思ってるけど本人は絶対に認めないマーティン・マギネス北アイルランド副首相との握手です。

 

新聞の見出しでは「Handshake of History」(歴史的な握手)とか「Handshake That Made History」(歴史を作った握手)なんて書かれています。

 

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去年、エリザベス女王がダブリンを訪れたときは、マギネスは式典に招かれたんだけど、イギリス王族の訪問は「機が熟していない (premature)」ということで出席を辞退したんですね。

 

今回は、即位 60 周年記念行事の一環として女王は北アイルランドを訪問したんだけど、どうするかなとみんな思っていたら、マギネスは事前に「握手する」と明言していた。

 

いや、しかし、この写真は見れば見るほどいい写真です。エリザベス女王もマギネスもリラックスした自然な表情を見せているし、中央の男性は北アイルランド首相で民主ユニオニスト党 (プロテスタント系) 党首のピーター・ロビンソンですが、彼がマギネスを見るまなざしに兄弟愛みたいなのを感じるのは私だけでしょうか (はい、私だけですね)。エリザベス女王に半分隠れてますが、プリンス・フィリップ (エジンバラ公) もいい笑顔です。

 

プリンス・フィリップは伯父のマウントバッテン卿 (エリザベスのいとこでもある)が IRA に暗殺されているので、マギネスと握手しないのでは、などという憶測もあったのだが、普通に握手してました。

 

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もちろん、これは社交の場ではなく、政治の場であるので、心温まる写真には写らない、いろいろな駆け引きもあったようです。

 

マギネスと女王が握手したのは 2 回だったのですが、最初の握手ではマギネスは「failte romhat」と挨拶した後、「これはアイルランド語で『ようこそ』という意味です」と説明した。「Highness」なんかの肩書は使いませんでした。すぐ後にアイルランド共和国大統領のマイケルDヒギンズにあいさつしたときは「cead mile failte, a Uachtarain」(10 万回のようこそ、大統領)と肩書も付けたそうですが (「10万回」はアイルランド語の決まり文句で「たくさん」ぐらいの意)。

 

2 回目の握手では「slan agus beannacht」(さよなら、あなたに神のご加護を)とまたアイルランド語で言い、英語で意味を説明したそうです。

 

エリザベス女王のスーツの色も絶妙です。緑はもちろんアイルランドの象徴の色なんですけれども、国旗に描かれている深いエメラルド・グリーンではなく、淡い緑色です。この色のチョイスもアイルランドとイギリスの微妙な距離を物語っています。

 

また、マギネスがエジンバラ公の方に近寄って、何か会話を始めたいのかな、と思わせるような瞬間があったらしいのですが、エジンバラ公は女王の方に体を寄せてうまくそれをかわしたそうです。

 

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行事終了後のマギネス:「I am still a republican」(今でも私は共和派だよ)。しかし、女王との面会は「very nice」だったそうだ。

 

シンフェイン党党首のジェリー・アダムズ: 「重要なのは、この握手の上に、私たちがどれだけ築いていけるかだ」。今回の握手は象徴的な出来事だが、象徴はあくまでも象徴でしかないということか。

 

今回は脇役に徹したピーター・ロビンソン北アイルランド首相:「またタブーをひとつ壊すことができた」。

 

ロビンソンはユニオニストだから、まあ「あっち側」の人なわけだけど、2 年ぐらい前に奥さん (この人も政治家) に浮気されて、それも相手の男がティーンエージャーで、お金を出してカフェを持たせてあげてたりとか、けっこうなスキャンダルになった。

 

彼は一夜にしてイギリス一の情けない男になってしまったわけだけど、それがいい方向に転がったっていうか、そういう風に転がした彼の手腕でもあるんだろうけど、40 歳も年下の男に寝取られるっていうのは、男性であれば思想・信条・宗教の違いを超えて同情せざるを得ない状況なわけで、私もこの人を見るとユニオニストなんだけど憎めなくなっている。まあ40も年下のヤツには絶対かなわないしなw

 

PR がうまくいったという点では今回もまたシンフェイン党の大勝利。握手する、しない、みたいな話でひっぱりまくって注目を集め、最終的には和平プロセスを積極的に推し進めるシンフェイン、みたいなイメージを強化することができたわけです。ボーダーの南の中産階級、特に30代、40代のあたりの世代では、シンフェインを蛇蝎のごとく嫌っている人がいっぱいいるわけだけど、今回の件でまた少し懐柔できたはず。そういう意味では、北でも南でも、他の党の人は苦虫かみつぶしているみたい。シンフェインの野郎、またうまいことやりやがって、みたいな。

 

アイルランドのブックメーカーである Paddy Power が、次のアイルランド共和国の総選挙でシンフェインが何番目に大きい政党になるかっていう賭けをやってるんだけど、オッズは以下のとおり
第一党  8 倍
二番目 2.75倍
三番目 1.66倍
四番目 10倍
五番目 51倍
現在は 4 番目の政党なんだけど、党勢が伸びるのはまず確実と見られてるんだなー。最大政党になる確率の 8 倍っていうのは、この間のサッカーの試合でアイルランドがスペインに勝つ確率が11 倍だから、それよりずっと大きいってことになる。

 

もちろんナショナリスト側でも、もうちょっと強硬な人たちは、今回の握手に関して批判的です。そういう話も新聞に載っていた。北において、そういう人たちがどのくらいの勢力を占めるのかはダブリンに住んでる私にはわからない。

 

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(SF Scum って書いてあるから、たぶんシンフェインじゃないナショナリストの人の落書き。シンフェイン、お前らイギリスと近づきすぎ、みたいな感じだと思う)

 

こういう話を読んで思うのは、アイルランドの人は (たぶんイギリスの人も)、この和平プロセスにはとんでもなく長い時間がかかるんだろうな、っていうのをみんなわかってて、それでも粘り強く対話を続けていこう っていう意志と、いかざるを得ないっていうあきらめがないまぜになった宙ぶらりんのすっきりしない曖昧な状況を受け入れつつ作業を進めてることができるということ。これはある種のかけがえのない能力だと思う。

 

翻って日本を考えると、私たちはどちらかというと早めに白黒つけて、すっきりしたい傾向が強いんじゃないか。そして、それが日本の外交的なオプションを狭め、足元見られちゃう原因になっているというか、逆に事態をこじらせているような気がしてならない。というか、思う。