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イギリスで郵便ポストが導入されたのが 19 世紀半ばです。当時はアイルランドもイギリスの一部でしたし、フランスで郵便ポストがうまく機能しているのを見て、これ、イギリスでもやろうぜって提案した人がたまたまアイルランドに赴任してきたこともあって、英国に遅れることほんの数年でアイルランド島にも郵便ポストがやってきました。
そのころはイギリスのポストもまだ赤くなくて、深緑色でした。下の写真は、ナショナル・ギャラリーのコリンズ・バラック館に展示されている最も初期の郵便ポスト (おそらくは最初にアイルランド島にやってきた 5 本のうちの 1 本) です。てっぺんに王冠が付いてるのが見えますよね。
イギリスのポストが赤に決まったのは 1874 年です。その後、1922 年に成立したアイルランド自由国の政府は、国内の郵便ポストを緑に塗り変えることに決めました。実際には、予算の関係もあってすべてのポストが緑に染まるのは翌年まで待たなければならなかったんですが、全国にあるポストが色を変えるっていうのは、新しい秩序が生まれたんだっていうことを視覚的に一般の人に訴えられる、低コストでとても効果的な手段だったみたいです。
ところが、色だけだったらいいんですけど、郵便ポストには王冠やイギリス国王の頭文字が浮き彫りにされてるのも数多くありました。
これについて当時のアイルランドの人たちはどうしたかというと、「まあ、それはいいんじゃないかな」ということにしたみたいです。お金もかかるし、みたいな。Take it Easy ですね。公式にはグラインダーで削ったりして取り除くべきってなってたみたいですけど。
上の 3 枚の写真のうち一番上のものには「V R」と書いてあります。V はヴィクトリア、R は Regina (ラテン語で「女王」、男性の王の場合は Rex) の略です。ヴィクトリアが女王だったのは1837 年から 1901 年までですから、このポストはゆうに 100 歳を超えています。
真ん中のものには、飾り文字でわかりにくいですが「E R」、そして下部には「VII」という文字も見えます。これはエドワード VII 世期 (在位: 1901-1910) のもの。これも 100 年以上経ってますが、ダブリンではこのタイプはよく見かけます。
一番下のは「G R」。これはジョージ V 世 (在位: 1910-1936) の時代のものです。
余談になりますが、ジョージ V 世の次の王様であるエドワード VIII 世は、11 か月しか在位しませんでした。だから、彼の刻印のあるポストはほとんど作られませんでした。その頃はもうアイルランドは独立してましたから、アイルランド共和国にはそのポストは存在しないのですが、北アイルランドには少なくともつい最近まで 1 つは存在したそうです。イギリス本土にはまだあるかもしれませんので、興味のある方は探してみては。これは、出現させるのが相当難しい隠しキャラと思われます。
あ、あとアイルランドのポストでも緑のペンキが剥げかけて、昔の赤がちょっと見えてることがあるそうです。これもなかなか見かけないです。
さて、独立後のアイルランドですが、新しく作るポストには、もちろん自分たちの刻印を彫ることにしました。
上の写真には 「S E」とケルト書体で書いてあります。これは、アイルランド自由国を意味するアイルランド語、Saorstát Éireann の頭文字を取ったものです。周りの輪っかもケルト模様になってますし、上部には国章であるハープが描かれています。ケルティック・テーマ満載ですね。その上の「P & T」という文字は、郵便電信省 (Ministry of Posts and Telegraphs) の略です。
1937 年には新憲法が施行されて国号が Éire になりましたので、S E ロゴは廃止され、単に P&T のみが表示されるようになります (上の 2 枚の写真の下のもの)。
その後、1984 年に P&Tが組織改編によって An Post に変わると、下のように An Post のロゴが郵便ポストを飾ることになります。ちなみに An はアイルランド語の定冠詞で、英語だと The にあたります。
また、アイルランド語が表示されている郵便ポストもあります。下の写真では、次の取集時間を示す黄色いタグの両側に「次の取集時間」と英語とアイルランド語で書いてあります。
なんて、知ったようなことをいろいろ書いてきましたが、元ネタは An Post が発行した『The Irish Post Box』っていう本です。薄い本ですが、アイルランドの近代史が郵便ポスト視点で概観できるようで面白かったです。
この本を読んだ後はポストに目がいってしょうがないです。知らない街を歩いていて、ふと角を曲がると緑の円柱が目に入ります。刻印を確認して「ER」だと、あーもう、よく頑張ったねーという気持ちになりますし、「P&T」あたりだとコイツはまだまだ耳の後ろが濡れてるな、などと思います。
おはようからおやすみまで、のみならず寝ている間まで、ライ麦畑で捕まえる人みたいに街角に佇み、感謝されることの少ない仕事を黙々とこなす。100 年以上も。そんなのがそこら中にうようよいる街、ダブリン。この街は絶対に邪悪なものから守られていると確信しています (ちょっと嘘)。
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