エスキモーは雪を表す単語が何百もある。文化によって言語、さらには世界の見方まで変わってしまうのだなあ、なんて、私も今の今までうかうか信じていたわけですが、あれ、与太話なんですってね。
これも、スージー・デント著『Word Perfect』に載っていた話。
『The Great Eskimo Vocabulary Hoax』(1991)という本を書いたジェフェリー・K・パラム(Geoffrey K. Pullum)という言語学の先生によりますと、最初にエスキモーの「雪」に関する語彙について言及したのは、フランツ・ボアス(Franz Boas)という人類学者。1911年に出版した『The Handbook of North American Indians』でのこと。
ここでボアスが言ったのは、次のようなことです。英語で「水」に関連する単語はそれぞれ独立している (liquid、lake、river、brook、rain、dew、wave など)。逆に、「雪」に関しては、「Snow」という語幹を使って「snow on the ground」「falling snow」「drifting snow」など単語を追加することで表現する。だが、たとえば、エスキモーの言葉では、これらを表す独立した単語がある (ちょうど英語に「水」に関する独立した単語があるように)。
ボアスが指摘したかったのは、単に、英語では「雪」を表すには Snow に別の単語をくっつけて表現するが、そうでない場合もある、ということでした。
このボアスの言葉をさまざまな人が引用していくうちに、「なんかエスキモーって「雪」を表す単語がいっぱいあるんだって、すごいねー」と伝言ゲームのように雑に伝わってしまったというわけです。
エスキモーの文化に詳しい人はほとんどいないので、「エスキモーは来客に妻を貸す」とか「アザラスの脂身を生で食べる」とか「おばあちゃんをシロクマに食べさせる」とか「鼻をこすり合わせて挨拶する」とか、嘘だかホントだかわからない話がいろいろ流通していたわけですけど、そんなこともあって雪の語彙の話も信ぴょう性があるように聞こえたのかもしれません。
1980年代になってローラ・マーティン (Laura Martin) という人類学者が調査して、この話が嘘であるということを突き止め、論文として発表したのですが、もういったん一般に広まった与太話は止めようがなく、今にいたる、といった感じだそうです。
『The Great Eskimo Vocabulary Hoax』は私は未読ですが、パラム教授の短いエッセイはこちら。
http://www.lel.ed.ac.uk/~gpullum/EskimoHoax.pdf
で、スージー・デントさんの『Word Perfect』に戻りますが、この本によりますと、2015年に出版されたスコットランド語初の歴史類語辞典 (現在は使われていない昔の言葉も含んだ類語辞典という意味で「歴史」と名付けられています) には、400を超える「雪」の類義語がリストアップされているそうです。