たらのコーヒー屋さん - 2 店舗目

たらのコーヒー屋さんです。

Gobshite (ゴブシャイト) はアイリッシュ・スラングじゃない?!

英国チャンネル4の長寿番組に『カウントダウン』というのがあります。一般参加者が単語や数字を使ったゲームで競う番組です。平日の夕方の放送なのですが、10年ほど前に私は仕事があんまりなくてブラブラしていた時期があり、その頃よく見ていました。

 

その番組で、単語の判定係りとして出演しているのが辞書学者のスージー・デントさん。私はこの人のファンです。

 

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そのデントさんがこのたび本を出すということで、アイリッシュ・タイムズ紙のインタビューを受けていました。インタビューしたのは、同紙のコラムニストであるフランク・マクナリーさん。

 

www.irishtimes.com

 

デントさんは見るからに品のいい人なのですが (修道院付属女学校で教育を受けています)、罵り言葉の幅広い知識にも定評があります。品の良い佇まいと下品な言葉という、まあギャップ萌えですね。これについては以前もブログに書きました。

 

tarafuku10.hatenablog.com

 

デントさんによれば、一般的に言葉というのは時代と共に変わるものだが、罵り言葉はそれほど変わらないのだとか。使用頻度の高い英語の罵り言葉トップ5は、何十年にもわたって驚くほど変化していないそうです。

 

罵り言葉の話題が出たところで、よせばいいのにマクナリーさんが、アイルランドの罵り言葉に Gobshite (ゴブシャイト) があるよねえ、なんてことを口にしたのです。Gobshite は「ばか」とか「あほ」の意味で、アイルランド英語の俗語とされていて、辞書にもそう載っています。ちなみにGob は「口(くち)」、shite は Shit と同義です。アホなことばかり言っている人という意味でしょうか。

 

最近、Gobshite が初めてニューヨーク・タイムズ紙で活字になったという話題が新聞の記事になっていて、それを覚えていたマクナリーさんがこの話を出したらしいんですね。

 

www.irishcentral.com

 

ところが、デントさんの電光石火の切り返しに、マクナリーさんは返討ちにあってしまいます。デントさんによれば (デントさんは資料にあたらずにその場で切り返しています)、Gobshite という言葉が最初に活字になったのも、わかっている限りにおいては、実は 1910 年のニューヨークだとのこと。当時の意味は「水兵さん」。その頃の水兵さんは噛みタバコを嗜んでいて、噛み終わったタバコをその辺に吐き出していたからではないかといわれています。

 

また、デントさんは基本的に言葉が変化していくことには鷹揚な態度の人なのだが、Grievous (痛ましい) や Mischievous (いたずら好きな) に余計なシラブルを足して言う人が増えていることにはちょっとイラっとするとか。つまり、Grievous (グリーヴァス) を Grievious (グリーヴィアス) と言ったり、Mischievous (ミスチヴァス) を Mischievious (ミスチーヴィアス) と言ったりする人が増えているということです。後者は、アクセントの位置も mis から chie に移動します。

 

それから、アイルランドにお住まいの方はご存じと思いますが、アイルランド人はだいたい H を「ヘイチ」のように頭に h を付けて発音します。標準英語ではもちろん「エイチ」です。ところが、最近はイギリスでも「ヘイチ」という人が増えているそう。デントさんの娘さんも「ヘイチ」と発音するそうです。これはどうも、アイルランドやカリブ諸島からの移民の影響だろうとのこと。

 

マクナリーさんによれば、アイルランドの特に北東部では (アイルランド北東部といえば、だいたい北アイルランドのことなんですが、「北アイルランド」とは言わないぞ、というマクナリーさんの強い意思を感じます)。 H を「ヘイチ」というか「エイチ」というかで、その人の宗教的/文化的バックグラウンドがわかるんだそうです。まあ、普通に考えれば「ヘイチ」がカソリック系で、「エイチ」がプロテスタント系なのでしょう。

 

デントさんはアイルランド北東部 (まあ、北アイルランドなんですが) で H の発音がその人の出自を知る鍵になることは初耳だったみたいで、マクナリーさんはちょっと得意げになっていました。

 

ああ、そうだ。いちおうデントさんの新しい本にも触れておきましょう。本のタイトルは『Word Perfect』。暦風になっていて、毎日、その日にちなんだ単語の語源が紹介されていくというものです。

 

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たとえば、インタビューが行われた日は、1792年にアメリカ議会が Dollarを通貨単位として正式に採用した日です。元々は 16 世紀にボヘミアのある谷で銀貨を作っており、その銀貨は Schlickenthalers または Joachimsthalers などと呼ばれていました。これは鉱山の持ち主の苗字に、thaler (「谷から来たもの」という意味) という接尾辞を付けたものです。時が経つにつれ、単語の前半部分が落ち、さらに Thaler が Dollar になまっっていったのだそうです。

 

デントさんの最近の活躍は目覚ましくて、Twitter アカウントのフォロワーは 50 万人を超え、昨年、作家/コメディアンのジャイルズ・ブランドレス氏と始めたポッドキャストSomething Rhymes With Purple」は、2019年のブリティッシュポッドキャスト・アワードの最優秀エンターテイメント賞に輝きました。「カウントダウン」をコメディ仕立てにアレンジしたジミー・カー司会の「8 Out of 10 Cats Does Countdown」でも、口達者なコメディアンに囲まれる中で、分別のある冷静沈着なコメントで個性を発揮しています。

 

デントさんの場合は言語ですが、一つの分野を専門として極めると、それを軸としていろいろに応用しながら活躍の場が広がっていくのだなあ、と思いました。

 

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