キルベガン (Kilbeggan) は、ダブリンから西に車を 1 時間ほど走らせたところにある、ウェストミーズ県の小さな町です。競馬場とウイスキーの蒸留所があります。
このキルベガン蒸留所は、1757年にマシュー・マクマナスという男によって設立されました。蒸留を許可するライセンスもイギリス国王からこの年に発行されています。これが、ライセンスを受けた現存する世界最古のウイスキー蒸留所はウチですよ、とキルベガン蒸留所が主張する理由です。
争いになるのはブッシュミルズ蒸留所ですが、あちらは蒸留所を作った会社ができたのは1784年。どうもそれ以前のことははっきりわからないらしいんですね。ただし、ウイスキー蒸留許可が現地の土地所有者に1608年に発行されているのは確かなので、そこを設立年としているようです。
私は 2016年の11月頃、キルベガン蒸留所の見学ツアーに参加しました。そのときの様子は後でご紹介するとして、まずこの蒸留所の歴史についてまとめてみます。
マクマナスによって設立されたこの蒸留所は、ジョン・コッド、ウイリアム・コッドなど、何人かの手を経た後、1843年にジョン・ロックという男に買収され、ロックス蒸留所として生まれ変わります。この蒸留所が花開いたのはこの時期。ロックの経営手腕によるところが大きいようです。
ジョン・ロックは面倒見のいい雇い主だったようで、従業員に住宅を提供したり、冬の初めには後払いで一冬分の石炭を配ったりしていました。また、土地を持たない従業員のために、蒸留所の裏手の土地を年間使用料5ポンドで開放し、牛を放し飼いできるようにしていたそうです。
そうしたこともあってか、街の人の評判もよく、1866年にボイラーが修理不能になるほど壊れたときは、街の人々がお金を出し合い、新しいボイラーを蒸留所にプレゼントしました。
しかし、20世紀に入ると、アイルランドの他の蒸留所と同様に、衰退の道を辿り始めます。原因は、別の記事でも書きましたが、アイルランドが独立したことにより大英帝国の市場を失ったこと、世界大戦で出荷が滞ったこと、輸出先のアメリカで禁酒法が制定されたこと、スコッチ・ウイスキーとの競争の激化などです。
アメリカでは禁酒法時代に質の悪い密造酒をなぜかロック・ウイスキーの瓶に詰めて販売することが多かったようで、禁酒法が終わって輸出を再開した後も、失った評判を取り戻すことができなかったようです。
1947年には、蒸留所はジョン・ロックの孫娘2人が経営していたのですが、そろそろ潮時だと言うことで売りに出したところ、詐欺事件に巻き込まれます。これにはフィアナ・フォイル党 (アイルランドの二大政党の1つ) の政治家もからんでいたということで大スキャンダルになり、次の選挙でフィアナ・フォイル党は敗けてしまうことになります。
その後、1954年まで蒸留を続けた後、1957年には遂に蒸留所の約 200年の歴史にいったん幕が下ろされることになりました。
1982年になって、キルベガンの町の人々が資金を募り、蒸留所をリストアしてウイスキー蒸留所博物館としてオープンしました。1987年にはジョン・ティーリングのクーリー蒸留所がキルベガン蒸留所を購入。キルベガン・ブランドとロックス・ブランドのウイスキーを販売する権利を手にします。
実は私は博物館だったころのキルベガン蒸留所を友人と訪れたことがあります。その頃はあまりウイスキーにも興味がなかったし、ブログも書いていなかったので、写真も残ってないし、メモも取ってないんですよね。残念です。
蒸留所の設立から250周年となる2007年、キルベガンでのウイスキー蒸留が再開されます。ポット・スティルを初めて始動させる式典には、マクマナス家、コッド家、ロック家の直系の子孫も招かれました。2つあるポット・スティルのうち1つは、19世紀の初め頃にタラモア蒸留所で使用されていたもので、現役としては最古のものになるそうです。
歴史の話が長くなってしまいました。それでは、見学ツアーに参加したときの様子を写真を交えながらご紹介します。
この蒸留所見学の凄いところは、実際に稼働している蒸留施設だけでなく、昔の古い蒸留設備が動く状態で残っていて、見学者はそれを見て回れることです。
薄暗い昔の蒸留施設に迷い込むと、床下を流れる水の音が聞こえ (動力である水車を回すのに必要ですから)、歯車がトクトクという控えめな音を立てて動いています。
中の様子を写真でご紹介します。どれが何の写真なのか、実はあまり記憶に残っていないのです。詳しく説明できなくてすみません。
発酵装置↓
これはコラム・スティル (連続式蒸留器)↓
これはポット・スティル (単式蒸留器)↓
こちらが実際に稼働している蒸留装置の写真です。
キルベガン蒸留所とクーリー蒸留所は 2012 年にジム・ビームで有名なビーム社に買収され、そのビーム社は 2014 年にサントリーに買収されました。だから、この蒸留所とその製品は、いまはサントリーが所有権を持っています。
古い蒸留施設の中を見て回るのは、ちょっと他ではできない体験だと思います。見学料は試飲付きで 14 ユーロでした。3年半前に訪れたので、記憶があいまいであまり詳しく書けませんでした。また、機会があればもう一度訪れてみたいと思います。
(一番上の写真と一番下の写真 by Whisky Lover)
公式Webサイト
http://www.kilbegganwhiskey.com
参考資料