2019年2月、もう1年以上前のことになりますが、コーク県ミドルトンにあるジェムソンの蒸留所を見学に行ってきました。テイスティングでウイスキーも飲むだろうし、ということで、ほんとうに久しぶりに鉄道を使って日帰り旅行をしたのです。そのときのことを、ロードトリップ風に書いていきたいと思います。
2月17日の朝、徒歩でダブリン・ヒューストン駅へ向かいます。私のウチから歩いて10分ほどです。
コーク・ケント駅行き9時発の列車に乗りました。
前日にネットで予約したのですが、予約のときに名前を登録します。列車に乗ると、窓の上の座席番号を書いてあるところに小さいLEDディスプレイがあって、そこに名前が表示されているのです。これは、びっくりしました。
列車の中ではのんびり本を読みました。ウエルベックの『地図と領土』です。この小説、作者のウエルベック自身が作中に登場するんですが、アイルランドに住んでいる設定になっているんですよね。
11時30分ごろコークのターミナル駅であるケント駅に着きました。私はこの駅でも1つ見たいものがありました。郵便ポストです。
この郵便ポストは珍しく、差し出し口が上を向いているんです。これでは室内にしか置けませんね。製造されたのが1857~1859年というのですから、もう160歳を超えて現役です。
駅の構内には古い機関車も展示されていました。
駅の売店でスコーンを買って昼食としたあと、いよいよミドルトン行きの電車に乗ります。今度は見るからに近距離用の電車ですね。
ミドルトンまでは電車で25分。ミドルトンの町を歩いて、道に迷わなければ20分ほどでミドルトン蒸留所につきます。
ミドルトンはアイルランド第二の都市であるコークの衛星都市といっていいでしょう。ここからコークに通勤している人も多いはずです。
さて、いよいよ蒸留所に到着しました。
旧ミドルトン蒸留所は、もともとは毛織工場であり、それが兵舎になったあと、1825年に蒸留所として生まれ変わりました。実際に稼働したのは1975年まで。新しい蒸留所が隣に建設されたので、この施設はお役御免となったのです。1992年に博物館的なビジター・センターとしてオープンしました。現在の正式名称は “Jameson Experience, Midleton”。俗に “Old Midleton Distillery” などとも呼ばれます。毎年約10万人の観光客がここを訪れるそうです。
この蒸留所の元々のオーナーはコーク・ディスティラリーズ社です。この会社は、今も販売されているパディー (Paddy) というウイスキーやコーク・ドライ・ジン (Cork Dry Gin) というジンを作っていました。
ご存じの方も多いと思いますが、20世紀に入ってからアイリッシュ・ウィスキーは退潮の一途。それに歯止めをかけるため、コーク・ディスティラリーズ、ジェムソン、ジョン・パワーの3社が1966年に合併してアイリッシュ・ディスティラーズ社という会社を作り、このミドルトンを生産の本拠地としたわけです。
アイリッシュ・ディスティラーズ社は大企業だけあって、敷地は広いですね。北アイルランドのブッシュミルズよりも大きいと思う。新興のマイクロ蒸留所の比ではありません。
ロビーで待機した後、ツアー出発です。日曜日ということもあってか見学者は30人ほどの大人数。国際色も豊かです。
ビデオを見せてもらった後、旧蒸留所の建物の中に入ります。非常に古い造りのまま保存されていて、1970年代まで使用されていたというのがちょっと信じられないほどです。
こちらの大きな建物は、原料である大麦の貯蔵庫として使用されていたようです。
動力源である水車。この蒸留所は、ダンガーニー川という川のほとりにあります。
今は使用されていないポットスティル (蒸留器)
ポットスティルとカラム (コフィ―/連続式)スティルの原理を説明する図。
ツアーの途中で、稼働している新蒸留所の姿を見ることもできます。手前の古い小屋の後ろに見える近代的な建物がそれです。
この旧蒸留所は稼働していないと書きましたけど、実は小規模の蒸留施設が設置されているんですね。ここでは研究・実験のために利用しているようです。
それからこちらは樽職人の作業場だったところです。
お役御免になった古い設備が庭に飾ってあったりします。
すぐ上の写真に「Worm Tub」と書いてありますが、これは直訳すると「虫の桶」となります。もちろん生きている虫が入っているわけではありません。ポットスティルで蒸留されたアルコールを冷まして液体にするために曲がりくねった管を通すのですが、その管が虫のように見えることから「Worm Tub」と言うようです。
ちなみに、ジェイムズ・ジョイスの作品に『ダブリン市民』という短編集がありますが、その最初の短編である「姉妹」の冒頭に、ウイスキーの製造過程を語る文脈で「faints and worm」という言葉が出てきます。「faints」の方は、蒸留した後に残る不純アルコールのことです。
(今回の記事は別のブログに書いたものを少し修正して転載しています。私は何の気なしに Worm Tub の写真をアップしていたのですが、読者のおひとりにコメント欄で Worm Tub のことをご指摘いただき、あらためて『ダブリン市民』の話を思いだしたのでした。ありがとうございました)
そして最後はお楽しみのテイスティングですね。車じゃないので心おきなく飲めます。
今回のツアーで一番驚いたのは、パディー・ウイスキーがアメリカの会社に売却されたという情報を聞いたことです。パディー・ウイスキーはこの蒸留所の主力商品だったわけですから。ガイドさんの説明では、たまたまこのツアーの翌日が所有権の移る日だと聞いたと思ったんだけど、今Wikipedia を見ると2016年ということになっています。2016年に交渉が成立して、実際に移行したのが2019年ということでしょうか。
鉄道の旅は時間が列車の時刻表に縛られるという難点はありますが、本を読んだり、車窓から景色を眺めたりしながら、のんびりと旅ができるのがいいですね。
今回、私は日帰りでしたが、週末に1泊旅行でコーク市内やコーブの街などを見て回るのもいいのではないでしょうか。
さて、ミドルトンは小さな町ですが、和食屋が2軒ほどありました。そのうちの1軒、Ramenという店に入り、Japanese Udon Noodles というのを食べました。チキン入りで12.95ユーロ。焼うどんですね。
ソフトクリームがもれなくついてきます。カップだけもらってセルフサービスで盛るのです。不器用な私ですが、わりと上手にできました。
ツアーの所要時間は75分間ほど。2020年3月現在の料金は23ユーロです。48ユーロでプレミアム・テイスティング・ツアーというのもあるようです。(5月現在、コロナウイルスの影響で休業中です)