週末恒例のドライブですが、今回はポートリーシュ近辺に行ってきました。
ポートリーシュは人口2万3千人を超えるリーシュ県の県都です。ダブリンからリムリックへ行くときとコークに行くときの幹線道路の分岐点になっているので、よく通るっちゃ通るんですが、街の中に入ったのは 25 年以上ぶりだと思います。前にきた時はなんかの仕事の打ち合わせで来たのでした。
ポートリーシュの街は活気があって栄えている印象です。人口も増えていて、2011年から2016年までは伸び率でアイルランドの街トップ20に入っていました。ただし2022年の国勢調査では6.6%にとどまり、アイルランド全体の8%には届きませんでした。アイルランドは人口すごく増えてるんですよね。
ポートリーシュ (Portlaoise) という名前はとてもアイルランドっぽい名前ですが (特に “laoise“ のところ)、もともとは Maryborough という名前でした。Mary というのはイギリス女王メアリー (在位1553-1558) のことで、彼女の在位時代に街の範囲が定められたので名前をもらったということですね。
アイルランド自由国ができてから数年後の1929年にポートリーシュに改名するんですが、ポートリーシュがどういう意味かが調べても出てこないんですよね。Port の部分は「港」の意味ではありません。アイルランド語なので。アイルランド語だと「port」も「laoise」も特に意味はないようなんですよね。ご存じの方がいたら教えてください。
個人的な印象でいうとポートリーシュといえば刑務所です。というのもこの街にはポートリーシュ刑務所というのがありまして、ここはIRAなどのテロリスト犯をはじめとする凶悪犯が収容されているセキュリティ・レベルがマックスの刑務所なのです。アイルランド軍の兵士が警備にあたっています。それでポートリーシュの名前がニュースで出てくるときは、ほぼ必ずこの刑務所の話だったりしたわけです。
現在のポートリーシュ刑務所は街のはずれにあるんですが、この場所にできたのは1830年代のこと。当時はメアリブラ刑務所と呼ばれていました。ポートリーシュ刑務所は過去には囚人に酷い扱いをしていたことで有名で、1946年には囚人の1人が抗議のハンガーストライキを決行して死亡しています。1980年代には「ヒトラーが今生きていて将軍を探しているなら、ポートリーシュ刑務所でたくさん見つかるだろう」とまで言われています。
ちょっと話はずれますが、2007年にあるラジオ番組で犯罪を取材している記者が話をしていたところ、ポートリーシュ刑務所に服役していた男が「その話は違う」と自己弁護のために電話をかけてきます。男の電話は数分にわたってオンエアされたのですが、看守が電話を取り上げて会話は強制終了されます。
もちろん男の電話はこっそり持ち込まれたものでしたから、この事件の後、アイルランド中の刑務所で徹底的に持ち物検査が行われます。1300件を超える禁制品が見つかったそうですが、携帯電話はもとより、プラズマテレビやインコまで見つかったそうです。インコは面会者が膣に隠して持ち込んだそうです
電話をした男は他の囚人の恨みを買い、殺人の脅しをいくつも受け取ったので、身の安全のために2回刑務所を移されます。しかし、彼は出所の数週間後に殺害されました。


ポートリーシュ刑務所の隣にはミッドランズ刑務所というセキュリティ・レベルが中くらいの刑務所もあります。

この場所に移転してくる前のメアリブラ刑務所はポートリーシュの街の真ん中にあって、現在はアートセンターとして活用されています。こちらの刑務所の設立は1789年頃です。

グラフィティ。




聖ピーター&ポール教会

街をきれいに飾っています。


壁埋め込み式ポスト
