たらのコーヒー屋さん - 2 店舗目

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イモ・コート (Emo Court)

 

 

 

アイルランドで最も名前がエモい村。それがイモ (Emo) です。前から一度は行ってみたかった村、イモ。どうせならエモと発音してほしかった村、それがイモです。

 

イモにはイモ・コートというネオクラシカル様式の大邸宅があります。というか、イモ・コートの周りにできた村がイモなのです。Emo はアイルランド語では Ioma と綴ります。意味は、"ベッド"とか"休憩場所"とかです。

 

この大邸宅は、ダブリンのフォー・コーツ (裁判所) やカスタム・ハウス (税関) を設計した建築家ジェイムズ・ガンドンが、初代ポートアーリントン伯爵のジョン・ドーソンのために1790年に設計したものです。しかし、建設には時間がかかり、完成したのは第三代伯爵の時代の1860年代でした。

 

 

アイルランド独立戦争の頃に、他の多くのアングロ・アイリッシュの貴族と同様、ポートアーリントン伯爵の一族もアイルランドを離れます。1920年にイモ・コートはその広大な庭園とともにアイルランド土地委員会 (Irish Land Commission) に売却されます。アイルランド土地委員会とは、1843年にアイルランドの土地所有を管理する目的でイギリス王室によって設立された機関です。

 

1930年にイエズス会がこのエステートを購入します。イエズス会はこの大邸宅を新しい神父の修練所として使用します。しかし、次第に新人神父さんの人数が減り、場所が一般社会から隔絶していることから、イエズス会は修練所をダブリンに移すことに決め、1969年にチョルメリー・ハリソンという軍人にイモ・コートを売却します。ハリソンはイモ・コートを自宅にして住んでいましたが、毎日曜には有料で庭園を一般市民に開放していました。

 

ハリソンは1994年にイモ・コートをメアリ・ロビンソン大統領に寄贈します。ロビンソン大統領はアイルランド国民を代表してこのエステートを受け取りました。ハリソンは2008年に99歳で亡くなるまでイモ・コートに住み続けました。現在は OPW (Office of Public Works) の職員がこの邸宅と庭園を管理しています。

 

現在は邸宅の中に入ることはできませんが、庭園は無料で自由に見て回ることができます。庭園はとてもきれいに管理されています。ガーデンは35ヘクタールあり、手入れの行き届いたガーデン、木立に囲まれた散歩道、そこかしこに配置された銅像、20エーカーもの池などがあります。ここの敷地はほんとうに広くて、正門から駐車場まで歩いてだったらそうとうしんどいだろうなというくらいの距離がありました。

 

 

イモにはイモ・オイルという燃料会社があったんですが、数年前に社名を変更して Certa という会社になってしまいました。「Emo」ブランドのガソリン・スタンドもあったんですが、アイルランド共和国の方では徐々に「Certa」に変わっていくそうです。北アイルランドでは「Emo」ブランドは継続するそうですが。

 

Emo ブランドのガソリンスタンド (ポートアーリントンにて)

イモ・コート正門前にあったニューズエージェント (たぶん閉店済み)

 

 

 

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