アークローの街に行ってきました。最近ほんとうに車に乗る機会がなくて、たまに猫のエサと砂を買いにフィングラスに行くぐらいなんです。バッテリーがあがるのも心配なので、昨日の日曜にアークローまでドライブに行ってきました。
アークローまでは車で1時間ちょいです。アークローにはブリッジウォーターという名前のショッピングセンターがあります。10 時半ごろ着いたんですけど、日曜だからかまだ開いてないお店がいっぱいありました。あとで街を歩いてみても思ったんですけど、地方の街にぶらりと行くときは日曜は避けた方がいいかもしれません。開いてないお店が多いので。私の好きなチャリティ・ショップなんかは必ず閉まってます。道が空いているのはいいんですが。
ということでまずショッピングセンターの施設内にあるアークロー・マリタイム・ミュージアムというところを見学させてもらいました。マリタイム (Maritime) という名前ですので当然、海や船に関する展示が多いわけですが、将来的にはアークローのヘリテージ・ミュージアムにしたいということで、海事以外のものも少し展示されています。
入場料は 7 ユーロ。ガイドありとなしとどちらがいいか聞かれたので、ガイドしてもらうことにしました。ガイドさんはボランティア風の地元の方。年配の男性です。
1914年にアイルランド義勇軍の銃の密輸に使われたアスガード (Asgard) 号など、アイルランドにまつわるいろいろな船の模型が説明とともに展示されています。
興味深かった船は2つ。まずメアリー・B・ミッチェル号。この帆船は1892年に北アイルランドのキャリックファーガスで建造されます。最初はスレート (粘板岩) の運搬船として働いていたのですが、第一次世界大戦がはじまるとイギリス海軍に徴用され、Q シップに改造されます。Q シップというのは商船のような形をしながら重装備 している船のことで、ドイツの Q ボートが商船と間違えて攻撃を仕掛けてきたら、反撃して撃沈するという目論見だったようです。ただ、作戦としてはあまりいいものではなく、メアリー・Bも1隻も沈めることはできなかったそうです。

戦間期にはイギリスの映画会社にチャーターされ、何本もの映画に”出演”。コーク出身のボクサーにジャック・ドイルという人がいるのですが、この人が一時期俳優業を目指したことがあって、メアリー・Bも”共演”したのですが、映画は大コケしたそうです。
第二次世界大戦がはじまると、メアリー・Bは食料をイギリスに運び、イギリスから石炭をリスボンに運び、リスボンでアメリカからの物資を受け取ってアイルランドに戻ってくるという危険な仕事に従事します。アメリカの船はドイツに攻撃されるのを恐れてアイリッシュ海に入ってこないからです。
最終的にメアリー・Bは嵐にあってスコットランド沖で座礁してその一生を終えます。乗組員は全員無事でした。1944年のことでした。
もう1つは豪華客船のルシタニア号です。1915年にアイルランドのキンセール沖でドイツのQボートに撃沈され、1197人が死亡しました。この犠牲者の中にアメリカ人が100人以上含まれていたことから、モンロー主義を貫いていたアメリカが第一次世界大戦参戦に傾いた要因の1つと言われています。
ただ、ルシタニア号の沈没には謎も多いのです。イギリスがアメリカを戦争に引き込むためにルシタニア号をわざと危険な航路に誘いこんだだとか、実はルシタニア号には銃弾も運んでいたので戦闘の正当な攻撃対象だったともいえるとか、1950年代にイギリスが証拠隠滅のために海底に沈んだ船の残骸に爆雷を落としたのでなないか(イギリスは海上で演習していただけと説明)など、疑惑の種はつきません。
船も人と同じで波乱万丈の人生 (船生) があるものだと思いました。
N11 のアークロー・サウスの入口にあるラウンドアバウトに灯台のようなものが設置されています。夜はちゃんと光るそうです。これは、Alf Skua 号という灯台船で実際に使われていたもの。灯台船は灯台の設置が難しい場所などで活用されていました。こうした灯台船の模型もミュージアムには展示されています。


それから、船で使う通信機器。

船底についたフジツボなどを掃除するとき船を傾けるために使うロープ。

こちらのかわいいフィギュアは ASGARD II という船の船首に実際に飾られていたフィギュアヘッド (船首像)です。アイルランドの女海賊グレース・オマリーの像です。ASGARD II 号はここアークローで建造されたもので、帆船の乗組員の訓練のためにアイルランドが国として発注したものです。最近になっても訓練用の帆船を国が所有していたというのもおもしろいですが、残念ながらこの船は2008年にビスケー湾で沈没してしまいました。

それからこちらはアークローのオールド・シップという名のパブの外壁に取り付けられていたフィギュアヘッド的な像。ビレッジ・ベル (Village Belle) という愛称で親しまれていたそうです。海と共に発展してきた街の象徴のような存在だったのでしょう。

アークローには海事以外にも 2 つの大きな産業がありました。ヘリテージ・ミュージアムへの発展を目指していますので、そうした展示もあります。
1つはカイノック (Kynoch) という名前の弾薬工場。第一次世界大戦時には数千人を雇っていたそうです。残念ながら第一次大戦後に工場は南アフリカのダーバンに移転してしまいました。

もう1つは陶器の製造です。アークロー・ポッタリーという会社が1934年に設立され、日本のノリタケがこの会社を1978年に買収したんですね。しかし残念ながらこちらも1998年に閉鎖となってしまいました。
