たらのコーヒー屋さん - 2 店舗目

たらのコーヒー屋さんです。

マテオさんの訃報記事の切り抜きを額縁にいれました

マテオさんの訃報の新聞記事の切り抜きをずっと引き出しに入れていて、いつか額縁に入れようと思っていたのですが、ついつい後回しにして数年が経っていました。この記事というのは2007年12月1日付のアイリッシュ・タイムズに掲載されたものです。トップではありませんが1面に掲載されていたんですよね。

 

前にも書きましたが、マテオさんは学生でもないのに毎日のようにトリニティ大学のキャンパスを訪れていた日本人のおじいさんです。私たち日本人からはマテオさんと呼ばれ、トリニティの学生やスタッフからは “Matt the Jap” などと呼ばれていました。Jap というのはアメリカでは侮蔑語ですが、アイルランドやイギリスでは単に Japanese の略です。


私もマテオさんとは2回ぐらい会ったことがあって、ずっと昔、毎週木曜にモンクレアホテルというところで日本人とアイルランド人が集まって飲む会があったんですけど、マテオさんもたまに顔を見せていました。マテオさんは耳が聞こえないので筆談したのを覚えています。


少なくとも7ヶ国語を操り、フランス文学の博士号を持ち、サウジアラビア政府から補助金をもらって中世のイスラームの旅について論文を書き、ヨーロッパの王様の半分以上と面識があると言われ、メアリ・マカリース大統領(当時)のクリスマスカード発送リストにも名前が載っていて、トリニティの図書館の古い貴重な文献に落書きしているところを見つかって出入禁止にされ、トイレに隠れて一夜を明かしてトリニティー・ボール (学生達の正式なパーティー) に招待状もないのに押しかけ、女子学生のスカートを杖でまくり、自分のお気に入りの席を占領している学生に殴りかかるなど、エピソードには事欠かない人でした。


マテオさんはホームレスではなくて、アパートに住んでいたんだけど、最後の方は隣に住んでいた看護師さんだかが世話を焼いてくれていたとか。死後、数万ユーロぐらいを現金でため込んでいたのが見つかったという話があって、そういうのもとてもマテオさんぽいっと思います。

 

身寄りのない方のように思われていたんだけど、警察、日本大使館、インターポールが協力して、日本に姪御さんがすんでいることがわかり、姪御さんがアイルランドまで来て遺灰をひきとって実家のお墓に埋葬したそうです。そのこともアイリッシュ・タイムズの記事になっていました。

 

私が切り抜いて持っていた記事のサイズはだいたい6インチ x 6 インチ。正方形の写真入れってなかなかないんですよね。何軒か回って、グラフトン・ストリートの本格派のカメラ屋でやっとのこと購入できました。

 



10年程前に別の新聞記事を額縁に入れたこともあります。こちらは、鹿児島大学の医学部の先生が由緒正しいダブリンのゴルフ・コースで1日で94ホール回ったという記事でした。

tarafuku10.hatenablog.com

 

アイルランド情報 人気ブログランキング - 海外生活ブログ