ボールスブリッジのグランド・キャナル沿いにはパトリック・キャバナー (1904 - 1967) のベンチが2つあります。キャナルの北側と南側に1つずつあるのですが、有名なのは南側のウォルトン・テラス沿いにある方です。こちらはベンチというか、パトリック・キャバナーがベンチに座っている像になっています。これは彼の「Lines written on a Seat on the Grand Canal, Dublin」という詩にインスピレーションを得て製作されたもの。作者は彫刻家のジョン・コル (John Coll) さん。1991年にメアリ・ロビンソン大統領の出席のもと序幕式が行われました。
運河の南側にあるベンチは石と木でできたシンプルなものですが、こちらの方が古いものです。キャバナーの死から数か月後の1968年に設置されたもので、マイケル・ファレルというアーチストの手によるものです。向かって左側の石には「Lines written on a Seat on the Grand Canal, Dublin」の詩が刻まれています。毎年セント・パトリック・デーには親族やファンの方がこのベンチに集まり、キャバナーの詩を朗読したりするそうです。
運河をはさんだ北側にはよく似たデザインのベンチがもう1つ設定されていて、こちらはアイルランドのソング・ライターのパーシー・フレンチ (1854 - 1920) を記念するものです。フレンチも40代の頃にこのあたりに住んだことがありました。フレンチのベンチは1988年に設されたものです。
さて、世界にはもう1つパトリック・キャバナーを記念するベンチがあるのですが、それはなんとフロリダのディズニーランドの中にあります。その名も「Raglan Road」というアイリッシュ・パブがあり、その外にベンチに座るキャバナーの像が置かれています。
こちらは、キャバナーが一時期暮らしていたボールスブリッジのラグラン・ロード (Raglan Road) の現在の姿となります。
キャバナーの『On Raglan Road』は失恋の詩なんですけど、これはキャバナー自身の実際の恋にもとづくもの。恋のお相手はヒルダ・モリアーティというケリー出身の医学生。キャバナーより18歳年下の22歳でした。ラグラン・ロードに下宿していたキャバナーは (その建物は今はメキシコ大使館になっています)、同じ通りに住むヒルダが毎日大学に通うのを見ていました。キャバナーはヒルダに会う口実として彼の作品を批評してくれと頼みます。キャバナーは自分のことを「百姓詩人」(Peasant Poet) と紹介したのですが、ヒルダがいたずらっぽく「じゃあ石ころだらけの灰色の土や泥炭のことしか書けないのね」と返したところ、キャバナーは「ヒルダさん、では詩の中であなたのことを不朽のものにしますよ」と言って書いたのが『On Raglan Road』だそうです。これはヒルダがキャバナーの死後に RTE のインタビューで語ったこと。ヒルダによれば、彼女はキャバナーのことを友人だと思っており、恋愛に発展しなかったのは年の差が大きな理由の1つだったとしています。しかし、キャバナーの死に際しては、ヒルダはバラの花を H の字 (ヒルダの頭文字) の形に配置した花飾りを贈ったそうです。ちなみにヒルダはドノ・オマリーという男と結婚し、彼はのちのアイルランドの文部大臣や厚生大臣を歴任することになります。
運河にかかるバゴット・ストリートの橋はグランド・キャナル・ブリッジと言いますが、この橋のたもとにはキャバナーをはじめとする文人たちが集まったパーソンズ (Parsons) という本屋がありました。ボールスブリッジは今でこそ高級住宅街と思われていますけど、キャバナーが暮らしていた当時はお手頃な下宿のあるダブリン郊外だったわけです。ボヘミアンの集まる地域としてバゴット・ストリートにちなんで「バゴッタニア」などと称されていたそうです。パーソンズは1989年に閉業し、私がボールスブリッジに事務所を構えていたころはこの場所は確か花屋だったと思うのですが、Google Maps によればその後カフェになり、今は大手の保険ブローカーが入っています。
今回は運河岸が工事でフェンスを張り巡らせてあったので、工事が終わったらもう1回写真を撮りに行こうと思います。
ちなみにこちらは北側にあるパーシー・フレンチのベンチです。
おまけ。ダブリンのワックス・ミュージアムのパトリック・キャバナー (左側)。
参考資料
Kavanagh’s two Dublin seats and an international resting spot | Come Here To Me!
Parsons Bookshop: At the Heart of Bohemian Dublin, 1949-1989 - Brendan Lynch - Google Books