たらのコーヒー屋さん - 2 店舗目

たらのコーヒー屋さんです。

ダブリンのミイラ

どこからどこまでをスミスフィールドというかは諸説あるのですが、東側 (シティーセンター側) の境目はボウ・ストリートか、もう一本向こうのチャーチ・ストリートです。チャーチ・ストリートはなぜチャーチ・ストリートというかというと、そこに教会があるからです。

 

この通りには教会が 2 つあって、いかにも宗教施設といった荘厳さをたたえた立派な建物がローマン・カソリックの St. Marys of the Angels。ミイラがあるのは、もう少し外観にも気を遣った方が信仰心を掻きたてられるんじゃないかと要らぬ心配をしてしまうアイルランド国教会 (プロテスタント系) の St. Michan's Church です。

 

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こんな近くにミイラがいるとは知らなかったんですが、近所のカフェにチラシが置いてあって、これは面白そうだというので、K ちゃんと行ってきました。

 

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受付で寺男さんに入場料を支払います。大人 4 ユーロです。ほんとうは単にボランティアの人かもしれないんだけど、話の行き掛かり上、寺男の方が雰囲気が出るので寺男さんということで話を進めさせていただきます。

 

ペラ 1 枚の案内書が各国語に訳されていて、日本語版もありました。コピーを重ねたせいか、字がにじみ、テキストも斜めになっています。

 

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まずは礼拝堂の中を見せてもらいます。ガイドなしで自由に見て回ることができます。この教会の外側がちょっと残念なことは先に書きましたが、中は素晴らしいです。あまり大きな空間ではなく、神々しさに圧倒されるということもないのですが、手入れの行き届いた年代物の内装が親密な雰囲気を醸し出しています。

 

見ごたえのあるステンドグラスがあり、木製のらせん階段の付いた元々は移動式だった説教壇があり、約 300 年前のパイプオルガンがあります。ヘンデルはこのオルガンで「メサイア」を作曲したと言われているそうです。

 

現在の建物の大部分は 17 世紀のものだそうで、教会の裏には石造りの立派な尖塔があります。

 

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この教会は 1095 年に設立されたそうですが、それ以前にはデーン人の教会があったそうです。St. Michan というのは英語圏では珍しいですが、デーン人の聖人の名前からきているようです。寺男さんに読み方を尋ねたのですが、私には「セント・ミシャン」と聞こえ、K ちゃんには「セント・ミチャン」と聞こえ、寺男さんは「私たちはそう呼ぶんだけど、アイルランドの人はセント・ミカンと呼ぶね」と言っていました。

 

さて、いよいよ寺男さんに連れられてミイラ見学です。いったん外に出て、教会の横に回ります。観音開きの鉄の扉が半分開いていて、穴蔵が口を開いているのが見えます。腰をかがめないと中に入れないくらいの高さの入り口です。こういうのが 2 つ並んでいます。

 

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ドラクエでダンジョンに入ったときの音楽が聞こえてきそうなんですが、とにかく勇者の寺男さんを先頭に石の階段を下りていきます。

 

中央の通路は天井がアーチ状になっており、全長は10メートルあるかないかぐらい。左右に鉄格子で塞がれた個室が数個ずつならんでいて、ここが納骨所、というか棺を安置する埋葬所になっています。中は撮影禁止でしたので、下の写真は Wikipedia からお借りしました (撮影者: Foxhunter22)。

 

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ミイラはその個室の 1 つに 4 体並んでいます。今の棺は長方形ですが、ミイラはドラキュラ映画に出てくるような六角形の棺に入っています。

 

寺男さんの説明によれば、奥のミイラは十字軍兵士のもので、7~800年前のもの。当時の棺はワンサイズしかなかったので、背の高かったこの兵士は足の骨を折って棺に押し込められています。

 

あとの 3 体は 3~400 年前のもので、それぞれ尼僧、盗賊 (手首から先がないるので懲罰として切られたのはないかとのこと)、そして身元の分からない女性のミイラです。爪や内臓なんかもはっきり見えます。ミイラの写真はWikipediaの St. Michan’s Church の項に載ってますので、そちらをご参照ください。

 

このように遺体が良い状態で保存されているのは、「地下納骨所の空気には相対的に高いメタンが含まれていて、それが防腐剤の役割を果たしている」からだ、と案内書に書かれています。

 

これは博物館などの人工的な保存環境で見るのとは全く違った体験です。遺体がミイラ化したその場所でミイラを見られる場所はそんなにないのではないでしょうか。

 

などと思っていたら、寺男さんが柵を外してくれて、「中に入って見ていいよ」と言うのです。私も K ちゃんもこれは予想してなかったので、虚をつかれて半笑いになりながらも、怖いもの見たさで中に入りました。棺桶に入ったミイラを真上から見下ろす日が来ようとは、これまで思ってもみませんでした。気持ちに余裕がなかったので細かくは観察できてません。

 

その他の個室のほとんどは今でも個人が所有していて。最後に遺体がここに収められたのは 11 年前だそうです。(下の写真は Wikipedia より。撮影者: Foxhunter22)

 

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トリニティ大学のハミルトン・ライブラリにその名を残す、数学者のウィリアム・ハミルトンの一家もここに個室を持っています (ウイリアム・ハミルトン自身はここには眠っていません)。

 

それから、1798 年の反乱に関与したとして処刑されたシェアーズ兄弟 (Sheares brothers) の棺を安置した部屋もあります。兄弟が受けた刑というのが、首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑 (映画「ブレイブハート」でメル・ギブソン演じるウィリアム・ウォレスが受けた刑) という残忍なもので、そのディテールを語るときに寺男さんの目の奥にどす黒い光が宿っていた、なんてことはありませんでした。

 

15 分ぐらいのツアーなんですが、ちょっと他では体験できないですから満足度は非常に高かったです。すぐそばのオールド・ジェイムソン醸造所などは商品アピールという意味もありますので、お金をかけて至れり尽くせりの観光リソースに仕上がってますが、セント・ミチャンズのミイラは素材の存在感だけで見学者の心を荒っぽく鷲掴みにします。

 

こういうのを見ると、ゾンビとかドラキュラの怖さって西洋人にとっては日本人が感じるよりももっとリアリティのあるものなんだろうなと思います。ゴシック趣味のある方はここは堪らないんじゃないでしょうか。そうでない方も、よっぽどの怖がりでないかぎり楽しめると思います。オールド・ジェムソン醸造所を訪れた際には是非ここにも立ち寄ってみてください。