たらのコーヒー屋さん - 2 店舗目

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英BBCがコメディ番組で二重被爆の男性を取り上げた件

 
 
広島と長崎で2回にわたって被爆した山口彊 (つとむ) さんというかたが去年の1月に亡くなられました。日本政府が公式に認めた唯一の二重被爆者だそうです。
 
去年の12月にBBCの『QI』という番組が山口さんのことをとりあげた。私はこの番組を見たことがなかったんだけど、イギリスの番組によくある形式で、司会者がお題を出して、パネリストのコメディアンがそれについてひねりの利いたジョークを言っていくというものらしい。
 
それで、これを不適切だと感じたイギリス在住の日本人が番組に抗議の手紙やメールを出し、在英日本大使館もBBCに対して抗議文を送り、BBCが謝罪したいうのが事件のあらましです。
 
私自身は幸運にも近親者に戦争で死んだ人や原爆の犠牲になった人はいません。しかし、実際に近親者を原爆で失くされた方が、こういう番組を見てどのように感じられるかはある程度は理解できるつもりです。そういう方に代わって、在英日本人の方や大使館が番組あてに手紙やメールを送ったくれたことはよかったと思います。外交って大使館にだけまかしてればいいわけじゃないんで、特に一般の人がこうやって声を出すのは良いことと思います。
 
実際の番組はこちらです。
私はこの映像を見て、もちろんいい気持ちにはなりませんでしたけれども、悪気がないのはわかりました。司会のスティーブン・フライは死者の冒涜にならないように随分気を遣っているのがわかりますし、パネリストのコメディアンもかなり控えめな (言い方を変えれば切れ味悪い) ギャグに終始しているようです。まあ、私はこちらに住んで長いので、イギリスのジョークに良くも悪くも免疫ができているということなのかもしれませんが。
 
思うのは、人の想像力にはやはり限界があるのだなということです。たとえばの話ですけど、アフリカのルワンダという国でツチ族の人とフツ族の人が殺し合いをしましたけれど、ツチ族かフツ族の人が私のところにやってきて、なぜあなたは私たちと同じように悲しんでくれないのかと言ったとしたら、私は「もちろんお亡くなりになった方には心からお悔やみを申し上げるけれども、私のいる場所からあまりにも遠い場所でおこったことなので、現場にいた方と同じように感じることはできないのです」というしかありません。だから、イギリスの人が日本に落とされた原爆のことを日本人のように感じられないとしても、それは特にイギリスの人が血も涙もないとか共感力が低いとかいうことではない。
 
それから、笑いのことになりますけど、笑いには包摂のための笑いと排他のための笑いがあると思います。これもいきなり例になって申し訳ないんですが、たとえば毒蝮三太夫さんが年配の人に向かって「まだくたばんねーのか、このじじい (ばばあ)」というのは包摂のための笑いで、『さんまのからくりTV』のご長寿早押しクイズは排他のための笑いだと思うんだけどどうだろう。あれは見ててちょっと気分悪かったもん。
 
包摂のための笑いは、一緒に笑って仲間に入れていくための作業。排他のための笑いは単純に馬鹿にした笑いですね。
 
去年の暮だったか、英ITVの『Deal or No deal』っていう視聴者参加ゲーム番組を見ていた。出場者の男性が脊髄の病気かなんかで背が低かったんですね。そしたら、脊髄の病気がどういうものかを司会者のノエル・エドモンズがしっかり親身になって聞いた後に、「それじゃあ、君も正式にホビット族の一員だね」と言った。ホビット族はロード・オブ・ザ・リングスに出てくる小人の人たちです。エドモンズが空気を読んでぎりぎりのところまで切り込み、それは功を奏して、脊髄の病気を患った出演者も会場も笑ってうまくおさまった。
 
あと、これは笑いには限りませんけど、話題にしにくいようなことでも、反論されることをおそれずになるべく口に出していくことは、タブーの領域をなるべく狭めていくということでたいへん大事なことだと思います。
 
世の中にはどう話題にしていいかわからないことがたくさんあります。外国の人にとっては原爆もそのひとつでしょう。あたりさわりのないお悔やみをいう以外に何を言えばいいのかわからない人がほとんどではないでしょうか。だけど、文句を言われるリスクを冒しても、それを笑いと言う形で話題にすることでもっと身近なものにすることができます。それはコメディアンができる社会への貢献のひとつだと思います。
 
最初にも書きましたが、今回 BBC に抗議の手紙を出した方は、原爆が日本人にとって今でも重い問題であるということをイギリスの人たちにわかってもらうという意味で、たいへん良いことをされたと思います。ただ、あまり強い口調で (相手に罪悪感を感じさせることが主目的になっているととられるような口調で) 文句を言ってしまうと、原爆のことがタブーになり、語られることも少なくなり、逆に原爆のことが忘れられてしまうということにもなりかねないので注意が必要です。その辺の兼ね合いが難しいんですよね。