たらのコーヒー屋さん - 2 店舗目

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映画『His & Hers』

2009 年、アイルランド
監督: Ken Wardrop
出演: アイルランド、ミッドランド地方の女の人 70 人くらい

 

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『His & Hers』というアイルランドの映画を見ました。ドキュメンタリー映画といっていいでしょうか。監督は、これが長編第一作となる Ken Wardrop さん。

 

アイルランドのミッドランド地方に住むおおぜいの女の人にインタビューして、それを年齢の低い順に並べただけの映画です。アイデアはとてもシンプル。でも、これがものすごくおもしろかったのです。

 

インタビューの内容は、彼女たちの人生に関わりを持つ男の人について。序盤に登場する女の子たちは、もちろんお父さんについて語ります。ティーンエイジャーになるとボーイフレンドの話になり、20 歳を過ぎるとそれが夫に代わり、年を経ると父親や夫に加えて息子も話題に登場するようになります。

 

話をしている女性以外には誰も登場しません。最後のシーンに一瞬男の人が映るだけです。カメラはずっと静止したままで、インタビューの映像と、彼女たちの生活の様子を映し出すのみ。映画は淡々と進みます。

 

登場する女の人たちは、自分の人生に起こったことをありのままに話しているだけなんですけど、それが年代順につなぎあわされると、なんだか一人の女性の一生を早回しで見せてもらっているような気持ちになってきます。

 

ミッドランド地方っていうのは、文字通りアイルランドの真ん中のあたりにある地方で、田舎です。コネマラとかウエスト・コークぐらいまで田舎になると観光資源になりますけど、中途半端に田舎なので影の薄い存在といえます。Wardrop 監督もこのあたりの出身だそうで、彼のお母さんも映画に登場してたらしいんですが、そういう土地の無名の人たちの体験がモザイクのように組み合わさって、ひとつの濃密なパーソナリティとして浮き上がってくるんですね。

 

そういう意味では、この映画はフィクションと言っていいかもしれません。私が想像するに、監督は自分の母親が生きてきた道筋を柱にして、それに添ってインタビューを構成したのかもしれません。そうすると、もう半私小説的な映画ですね。

 

出来上がった映画を見ると、アイデア一発の楽な作業だったように思えるかもしれませんけど、キッチンや居間にカメラを迎えいれて、ざっくばらんに語ってくれる女性をあれだけの数、探してきたりとか、おそらくは長時間にわたったであろうインタビューを 1 人 1 分ほどにそぎ落とし、それをあざとく感じさせずに自然に見えるようにつなげて、ミッドランドの女性のキャラクターを構築したりとか、その辺は結構しんどくて、細かい計算を要した作業ではなかったかと思います。

 

単なるインタビューの継ぎはぎに見えるのに、家族の大切さとか、その地域の人たちは何を大事に思って暮らしてるのかとか、人生って何なんだろうとか、笑いとか涙とか、フィクションの映画でも重要なテーマになるような要素がいっぱいつまっています。あれは、アイルランドの人、っていうかミッドランドの人がもともとそうなのか、それともそういう人ばかり集めたのかは知りませんが、語り口が誠実で、しかも狙ったものではない滑稽味があるんですね。客席からは笑いが何度も漏れていました。

 

この映画は地味だし、低予算だし、モノローグ主体の構成だから翻訳すると面白みが半減しちゃうしで、日本ではたぶん公開されないと思う。でも、これの日本版を作ったら絶対面白いものができると思う。どっか、中途半端な田舎の市を舞台にして。たぶん成功のカギは、監督がその出身地に帰って映画を撮ることだと思う。