ゲイエティ劇場で演劇『Krapp's Last Tape』(クラップの最後のテープ)を見てきました。サミュエル・ベケットが50代のときに英語で書いた一幕物。モノローグ劇。演じるのはスティーヴン・レイ。
主人公の男の名前はクラップ。69歳。彼は毎年、一年の出来事や将来への思いをオープンリールのテープに吹き込んでいる。30年前の自分が吹き込んだテープを聞くクラップ。テープの中のクラップはそのまた10年程前のテープを聞いたばかりだ。20代の自分のウブさと理想主義を笑う30代のクラップ。30代のクラップと一緒になって20代のクラップを笑う60代のクラップ。30代のクラップはそれまでの人生の選択を後悔することもなく、将来への希望に満ちている。今年のテープを録音し始める60代のクラップ。彼は30代のクラップを悪しざまに言う。しかし、現在の自分について話そうにも何も良いことが見つからない。将来についても語るべきことがほとんど何もない。30代のクラップのテープを聞き直す60代のクラップ。無言。無表情。暗転。
この作品はベケットの自伝的な要素が強い作品だそうです。父の死、母の死、執筆当時の文学的な不遇など、ストーリーはベケットの人生とオーバーラップし、登場人物の何人かは彼と関係をもった人々をモデルにしています。
タイトルに含まれる「最後の」という単語はクラップの人生がほぼ終わりであることを強く示唆していますが、「Last」には「最新の」「直前の」という意味もあるので観客に想像の余地を残していることにもなります。
「クラップ」はドイツ語風に Krapp と綴られていますが、音は英語の Crap (たわ事/うんち) と同じです。
スティーブン・レイは、まったく当てはなかったものの、もしかしたら自分がクラップの役をやることになるかもしれないと、12年前に39歳のクラップのテープを吹き込んでいたそうです。確かに今よりも若々しく張りのある声でした。
公演は10月26日まで。