モナハン県の Clones は「クローンズ」ではなくクローニスと読みます。北アイルランドとのボーダーにとても近い町。この町の経済圏はお隣のファーマナ県にまで広がっていたのですが、ボーダーができたことにより長年にわたって経済的な発展が大きく阻害されてきました。2016年の世論調査では人口1680人。
クローニスにはこれまで2回来たことがあるような気がするのだが、1回かもしれない。初めて来たのは1996年か1997年で、そのときはポートリーシュで仕事の打ち合わせをした後、北アイルランド代表のサッカーの国際試合を見ようとベルファストに向かったのだが、日付を1日間違えていたことに途中で気づき、クローニスで一休みしてダブリンに帰ったのでした。
今回訪問してみて思ったのは、クローニスの町が私の記憶にあるものに比べてとても大きいこと。町の真ん中に広場があって、モニュメントみたいなものが建っていて (ここまでは実際のクローニスも同じ)、小学校低学年ぐらいの女の子が弟みたいな男の子をひきつれてお金をせびりに来たのは覚えているのだが、はるかに寂れていたと記憶しています。どこか別の町と間違えているのだろうか。
前置きが長くなりましたが、クローニスは丘の上にザ・ダイアモンドと呼ばれるスクエアがあって、そこから放射状に町が広がっています。ザ・ダイアモンドにはハイクロスがあって、足の部分とヘッドの部分では作られた年代が違うらしいのですが、足の方は9世紀に造られたものだそうです。
ザ・ダイアモンドの正面に見えるのが聖ティアナク教会。チャーチ・オブ・アイルランド (プロテスタント) の教会で現在の建物は1823 – 25 年に建てられたもの。ザ・ダイアモンドに面するもう1つの大きな建物はマーケット・ハウスで現在の建物は1846年に完成したもの。モナハン県の行政機関が使用していますが、かつてはホールとしても利用されており、パーシー・フレンチが演奏したり、ジェームズ・コノリーやパトリック・ピアースが演説したこともあったようです。
さて、クローニスで私が最も見たかったのはラウンド・タワーです。クローニスのラウンド・タワーは初期のもので10世紀ごろに建てられたとみられています。どうして初期かわかるかというと、入口の上にシンプルに平たい石を置いてまぐさ石 (入口の上部の壁を支える石) としているからです。後期になるとティマホーのラウンド・タワーのようにアーチ状に石が配置されているそうです。ラウンド・タワーの最上部にあったはずの円錐形の屋根は失われていますが、それがあればおそらく23メートルぐらいの高さがあったのではないかと言われています。
ラウンド・タワーのある墓地のそばには、カサンドラ・ハンド・フォーク & ファミン・センターという建物があります。カサンドラ・ハンドさんは聖ティアナク教会のトーマス・ハンド牧師の奥さん。大飢饉の真っただ中、1847年にこの町にやってきます。目を覆うばかりの窮状を救うためにハンドさんはレース織物の学校を開きます。レースの売り上げを元手に少女たちの教育の場として1859年にこの建物を建てました。クローニスの飢饉に関する展示もあるのですが、開いているのは夏の間だけということで私は入れませんでした。町のはずれにはクローニス・レース博物館というのもあるのですが、こちらも夏の間だけ開いているようでした。
あと、GAAファンの方にはクローニスはおなじみです。この町にあるセント・ティアナクス・パークではゲーリック・フットボールのインター・カウンティ・トーナメントのアルスター決勝戦が行われるからです。収容人数の関係から一時期ダブリンのクローク・パークでアルスター決勝戦を行ったことがあったのですが、やはりセント・ティアナクス・パークでなければという声は強いようです。
10月末のバンク・ホリデーには映画祭が開かれるそうです。キャッチフレーズは「Ireland's Biggest Little Film Festival」(アイルランド最大の小さい映画祭)。まあ小さい映画祭の中では最大という意味でしょう。『カッコーの巣の上で』や『悪魔のいけにえ (Texas Chainsaw Massacre)』の登場人物を使ったポスターが貼ってありました。
映画といえば私の好きな『ブッチャー・ボーイ』というニール・ジョーダン監督の映画がこの町を舞台にしています。ロケもしたんだっけな。ちょっと忘れました。