デペッシュモードというニューウェイブ・バンドのキーボード奏者であるアラン・フレッチャーがコンサートのためにダブリンに来たとき、あるパブで地元のおばあさんと一緒に写真に収まった。1983年の話。
この写真はこれまでもときどき SNS などにアップされてきたという。そこで、ダブリンのパブについて記録を残すことを目的としたプロジェクト「DUBLIN BY PUB」のスタッフは、この写真が撮影されたのがどのパブかを突き止めるために調査を始めた。
まず、この写真が SNS にアップされたとき、その投稿に付けられたコメントにヒントはないかを探す。しかし、パブの名前に言及するコメントはほとんどない。ドルフィンズバーンの Lowe’s ではないかという声があるが、グーグル・マップで見る限りその様子はない。
スタッフは次にテーブルの上に置かれたビアマットに注目する。「Stag For Enjoyment」と書いてある。
これはテンプルバーの Stag’s Head のことではないのか? しかし、これは Stag というサイダーのブランドのことだろうと結論付けられる。念のために Stag’s Head をグーグル・マップでチェックするが、似たようなステンドグラスがあるものの、写真のものとは一致しない。
元の写真のウィンドウにもう一度注目してみよう。紋章はおそらく外に向けられているので、これを反転してみる。すると、J と C、そしておそらく T の文字が見えてくる。この文字の組み合わせをイニシャルに持つパブを思い浮かべようとするが、「これは」というものは見つからない。
それでは、この写真が撮影された状況に手がかりはないか? この写真はデペッシュモードがダブリンにコンサートに来た時に撮影された。そのときの会場はドーセット・ストリートにあった The SFX であるらしい。だとすれば、その近くのパブか?
コンサート会場を探す過程で、この写真を掲載したおおもとの雑誌 (NME というイギリスの音楽雑誌) のスキャンが見つかる。
このスキャンを載せた Webサイト BrandNewRetro にもパブの名前は記載されていない。それどころか、このパブの名前を知っている人がいたら教えてね、と書いてある。パーネル・ストリートの The Welcome Inn ではないか、という声があるが、写真で確認してもステンドグラスなどはありそうにない。
しかし、スキャンにはフォトグラファーの名前が記載されている。Adrian Boot 氏。グーグルで検索すると、Facebook ページがある。フレンド申請すると、ほぼ即座に承認してくれた。
そこでミリオンダラー・クエスチョン。「この写真が撮影されたのはどこのパブですか?」。ブート氏の答え:「知らん (Haven’t Got a Clue)」。
スタッフは策も尽きたとあきらめかけたのだが、とりあえず新しい情報が寄せられていないかと SNS をチェックする。
そこには新しいコメントが。「Hill 16。そのガラスは、今はカシードラル・ストリートのブラニガンズのバーのうしろに飾られている。Hill の以前のオーナーがそこに持っていったんだ」。
グーグルで調べてみると、確かにブラニガンズにあのステンドグラスが飾られているのがわかる。
Hill 16 の昔の写真を探して調べてみる。ディテールがわかるようなクローズアップの写真はないが、ブラニガンズにあるのと同じように5つのセクションに分かれた窓があるのはわかる。
ただ、1つ疑問が残るのは、元の写真では紋章の隣に十字架のステンドグラスが来ているのに、ブラニガンズでは十字架が外側に来ているのだ。
まあ、しかし、ここまで調べがついたのだ。デペッシュモードの写真のパブは、Hull 16 であるということを 65% ぐらい確信して、スタッフは調査をいったん終了した。
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数か月がたち、ジャック・チャールトンがこの世をさった。去年の夏の話だ。RTE のニュースを見ていたスタッフは、チャールトンが自宅で何かのトロフィーを手にして寛いでいる映像に目を奪われる。チャールトンのうしろには、デペッシュモードの写真によく似たステンドグラスが飾られていたのだ。唯一の違いは T の文字が見当たらないこと。
「Jack Charlton Stained Glass」で検索してみると、アイリッシュ・インデペンデントの記事が結果に表示された。
「彼 (チャールトン) の家の暖炉の上には、”JC” というイニシャルの入ったステンドグラスが飾られている。これは、ダブリンの Hill 16 パブの友人から送られたものだ」
そして、この Hill 16 こそ、ジャック・チャールトンがアイルランド代表監督になって初めてパイントを飲んだダブリンのパブであり、約10年後に監督をクビになったチャールトンが最後にパイントを飲んだダブリンのパブなのだ。
記事には書いてありませんが、ジャック・チャールトンのイニシャルが JC なので、パブにあったステンドグラスに似たものをオーナーが新しく作らせて、チャールトンにプレゼントしたということなのでしょう。
これで、デペッシュモードの写真が撮られたパブの正体を突き止めるというミッションは終了したのですが、話はここで終わりません。
この DUBLIN BY PUB の記事は大きな話題となり、多くの人が目にすることとなりました。その中の一人、ジェフ・ボイルという人からメッセージが届きます。「Hill 16 は私の父と叔父が通っていたパブだ。写真の女性が誰かわかるか父親に探してもらおうと思うんだが、どうか?」。スタッフの答えはもちろん「お願いします」。
ボイル氏からのメールが届く。写真に写っているおばあさんの名前はリジー・ライアン。パーネル・ストリートで露天商を長年やっていた女性。マウント・ジョイ・スクエアで商売した後に、よく Hill 16 で一杯やっていたそうだ。
こうして、まったく違う世界に住む 2 人が、ダブリンのパブでパイントを片手に一枚の写真に一緒に収まることになった。
記事は「次にパブに行ってパイントを飲むときは、ジュークボックスでデペッシュモードでもかけて、ビッグ・ジャックとリジーに乾杯してみてはどうか」と締めくくられている。