ゴルウェー市内でホップストアというパブを営むファーガス・マッギンさんが、許可を得て、あるお客さんの写真を撮影し、Facebook にアップロードした。
なんの気なしにアップロードしたこの写真が、予想もしなかった反響を巻き起こす。多くの人が「ロックダウンのために社会的な活動を制限され、人との付き合いを失ってしまった時代」を象徴する写真だと受け取ったためだ。
男の座るテーブルには、飲みかけのパイント・グラスと食事が置いてある。皿はテーブルの遠いところに押しやられているので、まだかなりの量が残っているようだが、食べ終わったのだろうと思われる。現時点ではちゃんとした食事を頼まないと店に入れないので、高齢のために食が細くて食べきれないとわかっていても注文したのか。
さらに目を引くのは、テーブルの上に置かれた水色の目覚まし時計。コロナ感染防止ガイドラインで店内に留まれる時間は 105分間と決まっているので、そのルールを守るために時間を気にしているのかもしれない。また、この男がスマートフォンどころか携帯電話も持っていない生活をしているのもわかる。
ゴルウェー2020というプロジェクトで、今年のゴルウェーを詩で記録することを依頼されている詩人のライ・エーカー氏は、この写真を「この時代のカラヴァッジオ作品」と呼び、さっそく詩をしたためたそうです。
アイリッシュ・タイムズ紙の記事によれば、パブ・オーナーのマッギン氏はこの男性のことを知っているが、名前を明かすのは控えるとのこと。ただ、近くに住む人で、ゴルウェー市内の病院で 50 年ほど働いた経験があり、兄弟の1人は朝鮮戦争で死に、姉妹の1人はアメリカに住んでいるとのこと。
大きな話題になっているので、男性がびっくりして腰を抜かしているんじゃないかとマッギン氏は心配したのだが、近所の人に確認したところ、男性はおもしろがっていると聞いてほっとしたそうです。
以上、アイリッシュ・タイムズ紙からご紹介しましたが、アイリッシュ・インデペンデント紙はこの男性の自宅にまで伺い、直接会って話を聞いています。
同紙によると、男性はジョン・ジョー・クィンさん。お年は 80 歳を越えています。記者がお宅に訪問したとき、クィンさんは写真がバズっていることをまったく知らなかったそうです。
「コンピューターやインターネットについてはまったくわからない。私はただの普通の男だから」とクィンさん。
件の写真は、厳しすぎるガイドラインについて政府を批判するような文脈で人々にリツイート/シェアされたのですが、クィンさんは元病院関係者らしく、違った考えを持っています。
「健康の方が大事にきまっているでしょう。コロナがまた広まったら、みんな困るでしょう。やれと言われたことをやればいいんですよ。単純な話です」(丁寧めの日本語に訳しましたが、クィンさんはもうちょっとべらんめぇ調でしゃべっているようです)。
それから、注目の的となった目覚まし時計ですが、クィンさんは腕時計をしないので、いつも持ち歩いているのだそうです。写真が撮影された当日、テーブルの上に出していたのも、RTE の 6 時のニュースに間に合うように家に帰りたかったから。
ホップストアの方には、クィンさんに思う存分パイントを飲ませてやってくれ、ということで、お金を送りたいと言う申し出が続々と寄せられているようですが、クィンさんは「親切な申し出だね」とした上で、自分のパイントは自分で払いたいタイプなのでご辞退申し上げるそうです。
最後に私自身の身も蓋もない感想を書きますと、クィンさんはどっちかっていうと1人で静かにパイントを飲んでいたいだけの人なんだと思います。ただ、クィンさんよりももっと社会のつながりみたいなのを必要としている人 (または、大事だと思っている人) の方がおそらく大勢いて、そういう人たちの琴線に触れる写真だったのだろうなあと思います。目覚まし時計の小道具が効いています。写真を撮影したパブ・オーナーのマッギン氏、お見事です。